住宅街。 ディミトリは後ろを振り返って追跡している車を確認した。まるで他の車を蹴散らすかのように突進する二台が見える。『灰色の車と黒のSUVが付いてきている!』『分かっている。 しっかり掴まっていてくれ……』 運転手はバックミラーをちらりと見てアクセルを踏んだ。座席に押し付けられる具合で、加速されたのをディミトリは感じとった。 ディミトリは弾倉を交換した。そして、何気なくサプレッサーを見るとひび割れているのが見えた。(チッ、コレが原因か……) 弾道が安定しないのは整備不良だと思っていたが勘違いのようだった。ひび割れから発射ガスが漏れて銃弾がぶれてしまったのだろう。ディミトリはサッサとサプレッサーを外してしまった。 その間にもディミトリたちが乗る車は住宅街を駆け抜けていく。追跡車は引き離されまいと加速してきた。 そんな、無茶な運転をする三台の前に、運送業者のトラックが横合いから出てきた。『ヤバイっ!』 咄嗟にハンドルを切り、トラックをギリギリで躱していく。その後を二台の車が同じ様に走っていった。 自分のトラックの鼻先をすり抜けていくので運転手が驚愕の表情を浮かべていた。 だが、安心したのも束の間。今度は交通量の多そうな新道が前方に見えている。『交差点で曲がるから掴まっていてくれっ!』 運転手は怒鳴るとサイドブレーキを引いて、車を横滑りさせ始めた。そして、新道の交差点内に侵入すると同時にアクセルを踏み込んだ。車は交差点を強引に曲がっていった。 後続した追跡者も同じ様に曲がろうとしたが、ハンドルを切り過ぎたのか車が違う方向に鼻先を向けてしまっている。 いきなり乱入してきた乱暴者たちに、普通に走っていた車からクラクションが鳴らされていた。『くそっ! 前からも来やがったっ!』 運転手が怒鳴った。進行方向に見える正面の交差点を強引に曲がってくる車が見えた。 敵の新手であろう。反対車線を猛烈な勢いで逆走してくる。(……) 逃げ込めそうな小道は無い。あるのは駐車場ビルしか無い様だ。 ディミトリたちの乗った車は、パチンコ屋に付属しているらしい駐車ビルに逃げ込んだ。追跡車も続いて飛び込んでいく。 その駐車場ビルは三階建てで、各階に六十台位は駐車できる中規模のものだ。パチンコ屋とは二階部分に通路が繋がっている。『拙いな……』 ディミト
車は慌ててハンドルを切り替えしたが間に合わない。そのままフォークリフトに突っ込んでしまった。 ディミトリは咄嗟にシートベルトに腕を絡めて身構えた。こうしないと衝突のショックで車外に投げ出されてしまうからだ。 運転手は自分のシートベルトをしていなかったようだ。彼はフロントガラスに頭から突っ込んで窓枠ごと外に投げ出されていった。(畜生…… ツイてないぜ……) ディミトリは車の中からヨロヨロと抜け出した。追手の車が盛んにタイヤの音を響かせながら近づいて来ているからだ。 投げ出された運転手は跳ね飛ばしたフォークリフトの傍に倒れている。運転手の肩を揺さぶってみたが、彼は何も言わなくなっていた。 最初に現れたのは白い方の車だった。ディミトリは柱に隠れて立ち銃を構えた。 白い車の運転手は速度を緩めずに迫ってきた。そして運転席の窓から銃を突き出している。(それは無理だ) ディミトリは運転席に向かって引き金を引いた。三発程撃つと運転席が血で染まり、車は停車していた車を巻き込んで停車した。 その脇を黒いSUVはすり抜けてディミトリに迫ってきた。(邪魔っ!) ディミトリは車に向かって銃を撃つと同時に停車した車に向かって走り出した。二発は当たったようだが何事もなく走っている。 黒いSUVは壁際まで走って反転しようとしていた。 ディミトリが車の中を覗き込むと、運転手は絶命しているらしかった。助手席にもうひとり男が居た。怪我をしているらしく呻いていた。時間が無いので銃撃して永久に黙らせてやった。(お前も邪魔っ!) 運転席から運転手の死体を外に放り出すと乗り込んで走らせる。バックミラーを見ると直ぐ傍まで黒いSUVはやって来ている。 車を運転しながら逃走経路を色々と考えたが名案が浮かばない。その間にも黒いSUVから銃弾が飛んできている。 駐車場ビルの同じ階を二台の車は競り合うように走り続けた。 もちろん、ディミトリも銃で反撃している。車のタイヤの軋む音と銃の発射音がビル内に鳴り響いていた。(くそっ、サプレッサーを外したのに全然当たらないっ!) 追跡している車を銃撃しているが肩越しなので当たらない。そこでサイドブレーキを引いて車をサイドターンさせた。 そして、ドアを開けたままバックで下がり、停めてあった車でドアを弾き飛ばした。(よっしゃ、これで銃で闘
その場に居たパチンコの客たちは、一瞬に呆気に取られてしまっていた。だが、直ぐに店内は悲鳴と怒号に包まれていく。「え?」「ええ!?」「ちょっ!」「ああーーーっ! 俺のドル箱に何をする!」 誰かが大声で喚いていた。それでも、彼らはパチンコのハンドルを握る手を緩めない。 リーチ(大当たりの前兆)が掛かるかも知れないからだ。緊急事態より眼の前にある台の去就の方が大事なのだろう。 普通の人とは感覚が違うのだからしょうがない。 そんな喧騒とは別に運転席でモゾモゾと動く影があった。「痛たたた……」 ディミトリだ。彼は無事だったようだ。すぐに自分の両手を握ったり開いたりして怪我の有無を確認していた。 足の無事を確かめようとして、顔が歪んでしまった。どうやら打ち所が悪い部分があったようだ。(ヤバイ…… 早く逃げないと……) ふと見るとディミトリは自分の銃の遊底が、引かれっぱなしになっているのに気がついた。弾丸を撃ち尽くしたのだ。 予備の弾倉も使い切っている。(コイツは何か得物を持ってないか……) 助手席で事切れている男の身体を触ってみた。すると男の懐にベレッタを見つけた。弾倉はフルに装填されている。 右手が銃床を握っているので取り出そうとしたのだろう。乗り込もうとした時に銃撃したのは正解だったようだ。 ディミトリは銃を奪い取ってから、予備の弾倉を探したが持っていなかった。(まあ良い。 これだけでも闘える……) そして、懐から狐のアイマスクを取り出して被った。(くそっ、玩具のアイマスクしか無いのかよ……) 本当は目出し帽で顔を隠したかった。だが、狐のアイマスクしか無かったのだ。 これはケリアンが手配してくれた車のシートポケットに入っていた物だ。恐らくシンウェイの物であろう。(無いよりマシか……) パチンコ店の至る所に監視カメラがあるのは承知している。それらの監視の目を誤魔化す必要が有るのだ。 これだけの大騒ぎを起こしたのだから、警察が乗り出すのは目に見えている。いずれバレるだろうが、今はまだ警察相手にする余裕が無い。時間稼ぎが目的だ。(時間を稼いで楽器ケースにでも隠れて外国に逃げるか……) ディミトリは足を少しだけ引き摺るように階段を下りていった。最早、痛みがどうのこうの言ってられない。 急がないと駐車場ビルから、奴らがすぐ
何処かの倉庫。 ディミトリは倉庫と思われる場所に一人で居た。 その顔は腫れ上がっており、片目が巧く見えないようだった。口や鼻から出た血液は乾いて皮膚にへばり付いている。 恐らく仲間をやられた報復で、散々殴られていたようだ。(くそっ……) 気が付いたディミトリは腕を動かそうとした。だが、出来ないでもがいていた。 安物っぽいパイプ椅子に両手両足を拘束されていた。両手両足をそれぞれ別のパイプに拘束バンドで止められているのだ。 これでは解いて逃げ出すのに時間が掛かり過ぎてしまう。 彼の逃げ足が早いことを、灰色狼の連中は知っているのだろう。(身体が動かねぇな……) 部屋には中央に灯りが一つだけ点いていた。壁際に監視カメラがある。室内に見張りが居ないのはこれで監視しているのだろう。 入り口には長机が置かれてあり、その上にディミトリの私物が並べられている。 暫くすると入口のドアが開いて何人かの男たちが入ってきた。 ディミトリが意識を取り戻したのに気が付いたらしい。「コイツを殴るなって言ったろ?」 派手なシャツを着た男が、ディミトリの様子を見て怒鳴った。ディミトリが怪我をしているのが気に入らないらしい。「すいません……」「コイツにケンジを殺られたんで…… つい……」 何だか派手なシャツを着た男と、スーツ姿の男二人がやり取りをしている。 ケンジとは誰なのか分からないが、ディミトリが殺った奴の一人であるのは間違いない。 シャツの男がコイツラの頭目だろう。(じゃあ、コイツが張栄佑(ジャン・ロンヨウ)か……) ジャンは灰色狼の頭目だとケリアンが言っていた。そして、目的の為には手段を選ばない男だとも聞いている。 性格が冷酷で厄介な相手であるのは間違いない。「特に顔を殴るのは良くない……」 ジャンは座らされているディミトリの周りをゆっくりと歩きながら言った。ディミトリの怪我の具合を確認しているのだろう。 見た目は酷いが死ぬことは無さそうだ。 ジャンが歩く様子をディミトリは目で追いかけながら睨みつけていた。「もし記憶が飛んでいたら、今までの苦労が水の泡に成っちまうからな」 そう言って笑いながらディミトリの頭を掴んで自分に向けさせた。そして顔を近づけてディミトリの目を覗き込んだ。 まるで相手の深淵を汲み上げようとするような鋭い目つきだ。
「俺たちに任せてくれ! 三十分で吐かせて見せます!」「ああ、タップリ目に痛い目に合わせてやりますよ!」 部下たちが口々に言い募った。仲間を殺られたのが悔しいらしい。 それに、部下たちはディミトリの正体を知らないようだ。見た目が生意気な小僧に騙されているのだろう。「バカヤロー。 ぶん殴って白状する玉じゃねぇんだよ!」 ジャンは部下の方に向いて怒鳴った。 ディミトリは元兵士で拷問への対処法を熟知しているからだ。もちろん、限界が有るのだろうが、それを確かめるには膨大な時間を浪費しなくてはならなくなる。 ジャンはディミトリの正体を知っているので、無駄な時間は使いたくないと考えていたのだ。「あの女を連れてこい!」 部屋の外から女が一人連れて来られた。片腕を乱暴に掴まれて部屋の中に引き摺られるように入ってきた。 それはアオイだ。やはり捕まってしまっていたようだった。 アオイが連れてこられるのと一緒に初老の男性が入ってきた。「やあ、若森くん。 相変わらず元気そうだね」 彼はニコニコしながらディミトリに話しかけて来た。「君の活躍は色々と聞いてるよ」「……」「それともデュマと呼んだ方が馴染みが良いかね?」 彼はディミトリの渾名すら知っていた。「アンタ、誰?」 ディミトリは興味無さそうに聞いてみた。本当は興味津々だが、この相手に弱みを見せるのは拙いと感じているからだ。 情報の引き換えと同時に何を要求されるのか分かった物では無い。油断ならない相手だと判断したのであった。「私の名前は鶴ケ崎雄一郎(つるがさきゆういちろう)」 初老の男は長机の上にあるディミトリの私物を手に取って眺めながら答えた。「君の手術を担当した脳科学者さ……」 彼がディミトリに脳移植をした博士だったのだ。「君とは手術が終わった時に一度逢ってるんだが…… 覚えてないみたいだね」「……」 そう言ってニコッリと微笑んだ。ディミトリは黙ったままだった。本当に記憶に無いからだ。 だが、想定内であったのだろう。博士はニコニコとしている。ディミトリの反応を楽しんでいるようであった。「さて、君には質問が幾つか有るんだが……」 博士はディミトリの傍に立ち、見下ろしながら質問を始めた。「さて……」「聞く所によると君は麻薬組織の売上金。 百億ドル(約一兆円)を掻っさらったそうじ
「早くしないと君の魂はタダヤスから消えてしまうよ……」「……」 そう言うとニヤリと笑った。それでもディミトリは黙ったままだ。「自白剤を使いますか?」 ジャンは時間が惜しいので、さっさと自白させようと薬を使うことを提案してきた。 自白剤とは対象者を意識を朦朧とした状態にする為の薬剤だ。 人は意識が朦朧としてくると、質問者に抗することが出来なくなり、機械的に質問者の問いに答えるだけとなる。 しかし、副作用も酷く自白の中に対象者の妄想が含まれる場合も多いので信頼性が低くなってしまう。捜査機関などでは使われることが少ない薬剤だった。「そんな事をしたら折角の記憶が無くなるよ?」 博士が素っ気無く答えた。彼からすれば記憶に関する障害をもたらす薬品など論外なのだろう。 それは自分の研究成果が台無しになる事を意味する。金も研究成果も欲しい欲張りな性格なのだろう。「それに彼は拷問に対処するための訓練を受けているんだよ」 博士はディミトリの軍にいた時の経歴も掌握していた。「その女の子を痛めつけ給え、彼はきっと助けようとするだろう」 博士がアオイを指差した。恐らくモロモフ号の事も知っているのだろう。 アオイには特別な思い入れは無いが、自分の所為で他人が痛めつけられるのは気分の良い物では無いのは確かだ。 やっと出番が来たと思ったジャンはアオイをディミトリの前に連れてくる。 そしてジャンはおもむろにアオイを殴りつけた。殴られたアオイは転倒してしまう。「やめろっ!」「話す気になったかね?」 博士はニヤニヤしたまま聞いてくる。ジャンも手下たちも同様だった。「彼女は関係無いだろうがっ!」「相手のウィークポイントを責めるのが尋問のイロハだろ?」 そう言うとジャンはアオイの頬を再び殴りつけた。アオイの鼻から出る鼻血の量が増えてしまった。「分かった、分かった…… 教えるから辞めてくれ」 ディミトリが仕方がないので暗証番号を教えると伝えた。 ジャンと博士はお互いの顔を見てニヤリと笑った。 ジャンが手下に顎で指示をすると、手下はノートパソコンをディミトリの前に持ってきた。「手を動かせるようにしろ」 ノートパソコンを前にしたディミトリは言った。操作する為だ。「駄目だね。 お前さんの手癖の悪さはよく知ってるよ」 ジャンがニヤニヤしながら言った。「
「ぐあっ!」「うわっ!」 ジャンたちは急な発光に気を取られてしまった。 一方、コインを指に挟んだまま発火させた男は、親指と人差指が半分無くなってしまっていた。急激だったので指を放すタイミングを失ってしまっていたのであろう。「!」 ディミトリは相手が油断した空きを逃さなかった。反撃の開始だ。 相手のベルトに刺さっていた銃を奪い、ジャンたちに向かって連続で射撃した。正確に命中する必要は無い。相手の視界が回復する前に行動不能になってほしいだけだ。 弾丸はジャンや手下たちの腹に命中したようだった。 それから、後ろに居た男の頭を撃ち抜いた。椅子に座ったままだったので、顎の下から頭を撃ち抜くような感じだ。 男の脳みそが天井に向かって飛散していく。 室内に居た全員が倒れたすきに、ディミトリはナイフを使って手足の結束バンドを外した。それからジャンの手下たちのとどめを刺して回った。 ジャンは腹に当たっていたと思ったが逃げてしまっていた。中々に逃げ足が速い男だ。 しかし、ディミトリは追いかけようとはせずに博士の所に歩み寄った。 博士にも弾幕の一発が当たっているらしく肩から血を流していた。「俺の記憶とやらは何処にあるんだ?」「わ…… わしの研究所だ……」 いきなりの展開に腰が抜けてしまったのか、博士は床に座り込んだままだった。 荒事をするのは得意だが、されるのは苦手なタイプなのだろう。「研究所の何処だ?」「……」 博士は質問に黙り込んでしまった。ディミトリは博士の傍に座り込んで顔を覗き込んだ。だが、博士は黙ったままだ。 ディミトリは銃痕に指を入れてかき回してやった。博士の口から鋭い悲鳴があがる。「私の研究室にあるサーバーの中だ。 Q-UCAと書かれているハードディスクの中身がそうだ!」「ふん」 知りたいことを聞いたディミトリは立ち上がった。(さて、ジャンの奴を逃しちまった……) 自分の事を散々追いかけ回した彼には、是非とも銃弾を大量にプレゼントしてやりたかった。 だが、ここにはジャンの手下が沢山居るはずだ。相手のテリトリーで戦うような間抜けではない。「怖いお友達が来る前に逃げ出すか……」 ディミトリは倒れているアオイを助け起こして部屋を出ていった。 もちろん、博士も連れて行く事にした。聞きたいことが他にもあるからだ。 ディミ
「よさんかっ! わしが居るのが見えないのかっ!」 博士がジャンたちに向かって怒鳴った。しかし、彼らの返礼は銃弾だった。「ひぃー……」 博士は荷物の影に再び隠れた。「何故にわしを撃つんだ……」「もう必要が無くなったんだろ」 ディミトリは自分が本人である事を認めたので、博士の役割が終わったのだろうと推測したのだ。「貴重なサンプルなのだから殺すなと言っておいたのに……」 博士としては成功した理由を明らかにしたかったのだ。 だが、ジャンたちの目的が科学者特有の知的な好奇心では無いのは明白だ。 それは、ディミトリが握っている麻薬組織の巨額な資金なのだ。 クラックコアが有効な方法であると分かったのなら、今の反抗的なワカモリタダヤスに入っているディミトリは不要だ。 『従順なディミトリを再び作れば良い……』 こう、結論付けるのも無理は無い。 自分でもそうするとディミトリは考えるし、何より彼らが焦りだした理由のほうに興味があった。「くそっ逃げ道が無い!」 反撃しているが銃弾の残りも心細くなってきた。このままでは拙い事は確かだ。「おい…… 屋上にヘリコプターが有るぞ!」 博士が銃撃音に負けないように大声で教えた。「……」「分かった屋上に向かおう!」 ディミトリは暫し考え、騒音に負けないように怒鳴り返した。(操縦出来る奴であれば良いが……) 撃たれないように頭を低くして通路を素早く走り抜ける。その間も、走る後ろに向かって牽制の射撃は忘れない。こうすると、相手の追撃が鈍るのは経験済みだからだ。 博士も仕方無しに付いてきてるようだ。残ってもジャンたちに殺されると思っているのかも知れない。 ふと見ると撃たれて倒れている男がいた。ジャンの部下であろう。懐からスマートフォンが見えていた。(これを使わせてもらうか……) ディミトリはスマートフォンを手に持ち録画状態にした。自分の射撃する音を録音させる為だ。 そして、アプリを使って無限ループで再生するようセットした。これを使ってジャンたちの気を逸らすためだ。上手くすれば何分かの時間稼ぎが出来るはず。 ディミトリもヘリコプターのエンジンの掛け方ぐらいは知っている。そして、手順が厄介なのも知っていた。 何しろヘリコプターは車と違って直ぐには飛べない乗り物だ。どんなに巧くやっても、最短で二分はかか
『はい……』「帰りの足が無くて往生してるんだ」『はい……』 ディミトリは電柱に貼られている住所を読み上げた。田口兄は十五分程でやってこれると言っていた。『あの連中は何か言ってましたか?』「ああ、鞄を返せとは言っていたが、それは気にしなくて良い」『どういう事ですか?』「話し合いの最中にバックに居る奴が出て来たんだよ」『ヤクザですか?』「そうだ」『……』「ソイツの組織と別件で前に揉めた事があってな……」『あ…… 何となく分かりました……』「ああ、かなり手痛い目に合わせてやったからな」『……』 ディミトリの言う手痛い目が何なのか察したのか田口兄は黙ってしまった。「俺の事を知った以上は関わり合いになりたいとは思わないだろうよ」『い、今から迎えに行きます』 田口兄はそう言うと電話を切ってしまった。 大通りに出たディミトリは、道路にあるガードレールに軽く腰を載せていた。考え事があるからだ。 帰宅の心配は無くなった。だが、違う心配事もある。(本当に諦めたかどうかを確認しないとな……) 追って来ない所を見ると諦めた可能性が高い。だが、助けを呼んでいる可能性もあるのだ。確かめないと後々面倒になる。 その方法を考えていた。(家に帰って銃を持って遊びに来るか…… いや、まてよ……) そんな物騒な事を考えていると、違う方法で確認出来る可能性に気が付いた。(剣崎が灰色狼に内通者を持っているかもしれん……) ディミトリの見立てでは剣崎は灰色狼に内通者を作っていたフシがある。 灰色狼は日本に外国製の麻薬を捌く為
隣町の路上。 店を出たディミトリは、大通りの方に向かって歩いていった。なるべく人通りが或る方に出たかったからだ。 彼らが追撃してくる可能性を考えての事だった。相手が戦意を失っている事はディミトリは知らなかった。だから、追撃の心配は要らなかった。 だが、違う問題に直面していた。(う~ん、どうやって家に帰ろうか……) 学校帰りに大串の家に寄っただけなので、手持ちの金は硬貨ぐらいしか持っていない。ここからだとバスを乗り継がないと帰れないので心許ないのだ。(迎えに来てもらうか……) そう考えたディミトリは、歩きながら大串に電話を掛けた。 まさか、バーベキューの串で車を乗っ取るわけにもいかないからだ。「そこに田口はまだ居るのか?」『ああ、どうした?』「田口の兄貴に俺に電話を掛けるように伝えてくれ」『構わないけど……』 大串が言い淀んでいた。気がかかりな事があるのは直ぐに察しが付いた。「田口の兄貴を付け回していた車の事なら、もう大丈夫だと言えば良い」『え!』「お前の家を出た所で、田口の兄貴を付け回してた連中に捕まっちまったんだよ」『お、俺らは関係ないぞ?』前回、騙して薬の売人に引き合わした事を思い出したのだろう。慌てた素振りで言い訳を電話口で喚いている。「ああ、分かってる。 連中もそう言っていた」『……』「きっと、見た目が大人しそうだから言うことを聞くとでも思ったんだろ」『無事なのか?』「俺が誰かに負けた所を見たことがあるのか?」『いや…… 相手……』「大丈夫。 紳士的に話し合いをしただけだから」『でも、それって……』「大丈夫。 今回は殺していない……」『&helli
「この通りだ……」 ワンは銃を机の上に置いた。そして、両手を開いて見せて来た。「なら、その銃を寄越せ……」 ワンは銃から弾倉を抜いて床に置き、足先で滑らせるように蹴ってきた。ディミトリはそれを靴で止めた。「アンタに弾の入った銃を渡すと皆殺しにするだろ?」(ほぉ、馬鹿じゃ無いんだ……) 彼の言う通り、銃を手にしたら全員を皆殺しにするつもりだった。 ワンはそれなりに修羅場をくぐっているようだ。 ディミトリは滑ってきた銃をソファーの下に蹴り込んだ。これで直ぐには銃を取り出せなくなるはずだ。「鶴ケ崎先生はどうなったんだ?」「おたくのボスに殺られちまったよ」「……」 どうやら、灰色狼は組織だって動いて無い様だ。誰が無事なのかが分かっていないようだ。「それでボスのジャンはどうなったんだ?」「さあね。 ヘリにしがみ付いていたのは知ってるが着陸した時には居なかった」「殺したのか?」「知らんよ。 東京湾を泳いでいるんじゃねぇか?」(ヘリのローターで二つに裂かれて死んだとは言えないわな……) 手下たちは額に汗が浮かび始めた。さっきまで脅しまくっていた小僧がとんでも無い奴だと理解しはじめたのだろう。「ロシア人がアンタを探していたぞ……」「ああ、奴の手下を皆殺しにしてやったからな…… また、来れば丁寧に歓迎してやるさ」 ディミトリは不敵な笑みを浮かべた。 ワンは少し肩をすぼめただけだった。どうやらチャイカと自分の関係を知らないらしい。「俺たちは金儲けがしたいだけだ。 アンタみたいに戦闘を楽しんだりはしないんだよ」「……」 やはり色々と誤解されているようだ。自分としては降りかかる火の粉を振り払っているだけなのだ。結果的に
ナイトクラブの事務所。 ディミトリは弱ってしまった。部屋に入ってきた男はジャンの部下だったのだ。そして、この連中はコイツの手下なのだろう。 折角、滞りなく帰宅できるはずだったのに厄介な事になりそうだ。(参ったな……) ディミトリは顔を伏せたが少し遅かったようだ。男と目が合った気がしたのだ。「お前……」 入ってきた男が何かを言いかけた。その瞬間にディミトリは、右袖に仕込んでおいたバーベキューに使う金串を、手の中に滑り出させた。こんな物しか持ってない。下手に武器を持ち歩くのは自制しているのだ。 ディミトリは車で送ってくれると言っていた男の髪の毛を引っ張って喉にバーベキューの串を押し当てる。 これならパッと見はナイフに見えるはず。牽制ぐらいにはなると踏んでいるのだ。 いきなり後頭部を引っ張られてしまった相手は身動きが出来なくなってしまったようだ。何より喉元に何かを突きつけられている。 兄貴と呼ばれた男と部屋に居た残りの男たちも動きを止めてしまった。「動くな……」 ディミトリが低い声で言った。優等生君の豹変ぶりに周りの男たちは呆気に取られてしまっている。 しかし、入ってきた男は懐から銃を取り出して身構えていた。ディミトリの動きに反応したようだ。「え? 兄貴の知り合いですか?」「何だコイツ……」 部屋に居た男たちはいきなりの展開に戸惑いつつ兄貴分の方を見た。「ちょ、待ってくれ!」 だが、兄貴と呼ばれた男が意外な事を言い出した。(ん? 普通はナイフを捨てろだろ……) ディミトリは妙な事を言い出した男に怪訝な表情を浮かべてしまった。「俺は王巍(ワンウェイ)だ。 日本では玉川一郎(たまがわいちろう)って名乗っているけどな……」「ああ、ジャンの手下だろ…… 倉庫で
「田口君のお兄さんが鞄を持って行ったって何で解ったんですか?」 大串の家で聞いた限りでは誰にも見られていないはずだ。だが、現に田口の家ばかりか交友関係まで把握しているのが不思議だったのだ。「防犯カメラに田口が鞄を弄っている様子が映ってるんだな」 一枚の印刷された画像を見せられた。防犯カメラと言うよりはドライブレコーダーに録画されていたらしい画像だ。 黒い革鞄と田口兄が写っている。それと車もだ。ナンバープレートも写っていた。(泥か何かで隠しておけよ……) 泥棒は車で移動する時にはワザと泥などでナンバープレートを隠しておく。防犯カメラに備えるためだ。「鞄を返せと言えば良いだけだ」「鞄の中身は何なの?」 何も知らないふりをして質問してみた。「中身はお前の知ったこっちゃない」 男はディミトリをギロリと睨みつけながら言った。「まあ、そんなに脅すなよ。 中身はそば粉と子供玩具と湧き水を容れたボトルさ」「?」 子供騙しのような嘘だとディミトリは思った。「この写真を見せながら言えよ?」 ボス格の男はそう言うと何枚かの写真を投げて寄越した。 写真には田口と田口兄。それと一組の夫婦らしき男女の写真と、小学生くらいの女の子の写真があった。田口の家族であろう。 最後は故買屋の防犯カメラ映像だ。鞄の処理の前に銅線を売りに行ったらしい。 普通の窃盗犯であれば仕事をした後は暫く鳴りを潜めるものだ。そうしないと探しに来る者がいるかも知れないのだ。(ええーーーー…… 素人かよ……) 余りの幼稚な行動にめまいがしてしまった。「そば粉なら、また買えば良いんじゃないですか?」 ディミトリは話の流れを変えようと言い募った。 窃盗した後に迂闊な行動をする馬鹿と、見張りも立てずに取引物をほったらかしにする素人など相手にしたくなかったのだ。「そば粉は別に良い。 ボトルを返せと言えば良い……」 ここで、ピンと来るモノがあった。(そば粉だと言う話は本当だろう……) 見つかった時の言い訳用だ。拳銃が玩具だというのも本当だろう。万が一、職務質問で見つかっても警察が勘違いだと思わせることが出来るはずだ。 ボス格の男が色々と蕎麦に関してのウンチクを並べているがディミトリの耳に入って来なかった。(だが、ボトルの中身は…… 麻薬リキッドだな……) ディミトリはボトル
大串の家の近所。「いいえ、別に友達ではありません……」 ディミトリは警戒して言っているのでは無い。本当に友人だとは思って居ないのだ。「でも、田口のツレの家から出てきたじゃねぇか」 男の一人が大串の家を顎で示しながら言った。 これで男たちが田口を尾行して、彼が大串の家を訪ねるのを見ていたと推測が出来た。「学校でクラスが同じなだけです……」 ちょっと、面倒事になりそうな予感がし始め、ディミトリは警戒感を顕にしていた。「ちょっと、オマエに頼みたいことが有るんだ」 男が手で合図をすると車が一台やって来た。やって来たのは白の国産車だ。 大串たちの話ではグレーのベンツだったはずだが違っていた。「ちょっと、付き合ってくれ」 開いた後部ドアを指差した。「クラスの連絡事項を伝えに来ただけで、僕は無関係ですよ?」 妙齢のお姉さんであれば喜んで乗るのが、おっさんに誘われて乗るのは御免こうむるとディミトリは思った。「田口に届け物を渡して欲しいんだよ」「それなら、おじさんたちが直接渡したらどうですか?」 ディミトリは尚もゴネながら逃げ出す方法を考えていた。「良いから。 乗れって言ってんだろ?」 ディミトリを知らないおっさんは頭を小突いた。瞬間。頭に血が上り始めた。(くっ……) だが、人通りもあって我慢する事にしたようだ。今はまだディミトリは冷静なのだ。ここで、喧嘩沙汰を起こすと警察が呼ばれてしまう。それは無用な軋轢を起こしてしまう。 それに相手は中年太りのおっさんが三人。ディミトリの敵では無い。チャンスはあると思い直したのだった。(周りに人の目が無ければ、コイツを殺せたの……) ディミトリは残念に思ったのだった。 こうして、ディミトリは大串の家から出てきた所を拉致されてしまった。 連れて行かれたのは中途半端な繁華街という感じの商店街。端っこにあるナイトクラブのような地下の店に連れ込まれた。 まだ、開店前らしく人気は無かった。その店の奥にある事務所に連れ込まれた時に、白い粉やら銃やらをこれ見よがしに置かれているのを見かけた。(ハッタリかな……) まるで無関係の奴に見せても益が無いはずだ。ならば、ハッタリを噛ませて言うことを効かせようという魂胆であろう。 ヤクザがやたら大声で威嚇するのに似ていた。「よお、坊主…… 済まないな……」
「それでマンションに忍び込んで、各階の電線を盗みまくっていたらしいんだけど……」「マンションって屋上にエレベーターの機械室があるじゃん?」「ああ」「そこに入った時に鞄が落ちてたんだそうだ」(いや、それは隠してあると言うんじゃないか?) ツッコミを入れたかったが話を済ませたかったので続きを促した。「工事道具を置きっぱなしにしたものかと思ったんだよ」 鞄の上部にスパナやレンチなどの道具が入っていたそうだ。それで勘違いしたらしい。 こんな物でも故買屋は引き取ってくれるのだそうだ。「それで儲けたと思って鞄と電線を持って帰ってきたんだ」(何故、その場で確認しないんだ……) チラッと見ただけで済ませたらしい。ディミトリのように疑り深い奴なら鞄をひっくり返して中身を確かめるものだ。「でもって、車に戻って中身を全部見たら、拳銃と白い粉が入っていたんだよ」 そのセットはどう考えても犯罪組織に関わり合うものだ。「どう考えても様子がおかしいから、兄貴たちはビビっちまってロッカーに隠したんだってさ」 元の場所に戻しに行こうとしたが、車がやって来るのが見えたので慌てて逃げたらしい。(受け渡しの途中だった可能性が高いな……) 金と物の交換を別々の場所で行い、お互いの安全を図る方法だ。警察の手入れを受けても金だけだと検挙出来難いからだ。 何度も取引をしている組織同士なら安全を優先するものだ。 普通は見張りを配置しておくものだが、それが無かった様子だった。何らかの事情で人手不足だったのかも知れない。「その時には周りに何も無かったらしい」(でも、見落としがあったから今の状態だろうに……)「安心していたら何日か経ってから監視されるようになったんだよ」(所詮は素人が見回した程度だからな……)(時間が掛かったのは監視カメラか何かに映っていたのか?) 恐らくは車などに積まれているドライブレコーダーから足が付いたのではないかと考えた。廃墟のマンションに防犯カメラは設置されていない可能性が高いからだ。「で、具体的に何か言って来たのか?」「いや、ただ付けられただけみたい……」 要するに何もされて居ないのに、勝手に怖がっているだけのようだ。ディミトリは呆れてしまった。「何かしてくるようなら、その時に相談に乗るよ……」 何も要求されていないのなら、何も言う
放課後。 その日一日を平穏無事に済ませたディミトリは帰り支度をしていた。そこに大串が再びやって来た。「なあ……」「行かないよ?」 大串の思惑が分かっているディミトリは素っ気無く言った。「まだ、何も言ってないじゃん……」「田口の兄貴に関わる気は無いよ」「じゃあ、せめて田口の話だけでも聞いてくれよ」「そう言えば今日は田口が来てないな……」 ディミトリが周りを見渡しながら言った。興味が無かったので田口が居ないことに、その時まで気が付かなかったのだ。「ああ、放課後に俺の家に来ることになっている」「そうなんだ」「お前が田口の家に行かないと言ったら、俺の家で相談に乗って欲しいって言ってきたんだよ」「だから、面倒事に関わる気は無いんだってば」「いや、アドバイスだけでも良いと言ってる」「……」「かなり困っているみたいなんだよ」「なんだよ。 情け無いな……」 大串の説得に話だけでも聞いてやるかとディミトリは思った。 それでも手助けはやらないつもりだ。迷惑を掛けられた事はあるが助けてもらった事など無い。いざとなったら、誰かが助けてくれるなどと考えている甘ちゃんなど知った事では無いのだ。(悪さするんなら覚悟決めてやれよ……) そんな事を考えながら、大串と連れ立って彼の家に向かう。 ディミトリはその間も通る道を注意深く観察していた。彼には警察の監視が付いていたはずだからだ。 ところが最近は見かけないと言っていた。恐らく公安警察の剣崎と対峙したあたりから監視が外れているようだ。 ディミトリには何故剣崎が自分を捕まえないのか分からなかった。(まあ、面倒臭そうなら剣崎に投げてしまう手もあるな……) 剣崎が冷静を装ったすまし顔を困惑するのが浮かぶようだ。ディミトリは少しだけほくそ笑んだ。 大串の部屋に入ると田口が暗そうな顔をして座っていた。「やあ」 ディミトリはなるべく明るめに挨拶をしてやった。 まずは話を聞くふりをする必要がある。マンションに忍び込んだ様子から聞き始めた。「兄貴たちは銅線を集めにマンションに行ったんだ」 田口が話している廃墟マンションは何処なのかは直ぐに分かった。 川のすぐ脇にある奴で何年も工事中だったと話を聞いている。工事をしている業者が倒産してしまい、途中で放棄状態になっているマンションなのだ。 そこに田口
「そんな危なっかしい物、どっかのロッカーに押し込んで警察にチクってしまえよ」 ヤクザが足を洗う時には拳銃の処分に困るものだ。海に捨てたり山に埋めたりする手もあるが、面倒くさがりの奴は何処にでもいるものだ。そこで、ロッカーに入れて警察に密告するのだ。後は警察が処分してくれる。「ああ、そうしたんだそうだ……」 田口兄はコインロッカーに鞄を詰め込んで警察に匿名の電話を掛けた。チンピラに毛の生えた程度の小悪党には、薬の売買など手に余ってしまう。ましてや拳銃は犯罪に使われていない確証も無い。巻き込まれるのは嫌だったのだろう。 コインロッカーの場所には警察の車両が集まっていたので、無事に回収されたのだと思ったらしい。「厄介物の処分が終わったんなら良いじゃねぇか」「ところが、田口の兄貴は見張られて居るらしいんだよ」「誰に?」「ここ数日、グレーのベンツが付いて廻るんだと言っていた……」「鞄の元の持ち主じゃねぇの?」「それが分からないから相談したいんだそうだ」「ふーん……」 ここでディミトリは考え込んだ。もうアオイの車を気軽に使えないので、足代わりになる者が必要だからだ。 田口兄は足代わりになるが、今回の事のように少し抜けている所がある。(関わっても得にならねぇな……) 冷静に考えても見張っているのは鞄の所有者だった連中だ。きっと、揉め事になる。揉め事を解決してやっても、得るものが無いと判断したディミトリは見捨てることにした。「俺には関係無い事だ」 ディミトリはそう言って立ち去ろうとした。「そんな冷たい事を言うなよ……」「前にも似たような事言って俺を嵌めたよな?」「……」 これは大串の彼女が薬の売人と揉めたと偽られて嵌められた件だ。元来、ディミトリは裏切り者は許さない質だ。たとえ反省しても、一度裏切った人間は再び裏切るからだ。これは傭兵だった時に何度も経験済みだ。 今、大串たちを処分しないのは、ソレを実行すると日本に居るのが難しくなると考えているに過ぎない。 彼らの命は首の皮一枚で繋がっているだけなのだ。(俺の周りはロクでなしばかりだな……) ディミトリは苦笑してしまった。少し、ハードな日々が続いて疲れているのだ。 出来れば何も起こらないことを願っていた。 今回の田口兄にしろ小波が大波になってしまう。今はなるだけ避けたいものだと